Subscribed unsubscribe Subscribe Subscribe

閉じる綴じる

次年度: 私をぱったり見なくなる人がいるかもしれません。でも生きている予定です。

 

食べたり、寝たり、必要な物を買ったり、
生活上、消費はしなくちゃ生きていけないと認識してはいますが、
最近、別の部分での消費が過ぎる。

 

1. 自分の消費
予定を詰め込む癖が抜けない。会いたい人が多すぎる。会いたい人にはどんどん声をかけちゃう。結果、消耗する。身体には多く出ないけどたぶんへとへと。質悪いことに、気づけない。

 

2. 他人の消費
1で余裕が無くなるせいでよくやってしまう。
自分の意見や感情を相手にぶつけてしまう。それだけならまだしも時に不要な欲を含む。自己顕示欲だったり承認欲求だったりは、他人にぶつけることで満たすものではない。

よくやってる人いるけど、それは人の「消費」だ。揶揄の意味を含みつつそう呼称している。

(この辺りまで読むと「消費」のゲシュタルト崩壊が起きそう。わらい。)

 

1, 2でもにゃもにゃしたように、

物理的な消費ではなく、自分や相手の見えない部分を消費している気がする。


それは、避けたい。

 

自分はそこまでできないことに

自分で早く気づいてほしい。


私は自分が心地よい範囲を探して

ふわっふわ飛び回り楽しんでいた

はずだったのに、

いつのまにかboundaryを探している自分に振り回されている。


もうやめよう。

 

自分の軸はきちんとあるんだから、

そこにもう少し、近づこう。


という訳で自分の行動範囲を狭めます。
私が声かけてきたら問うてやってください。
リルケに倣って籠り中じゃないの?」


でも最後まで読んでくれる人が、

私の内籠り中に会いたい人

だったりするんだよね。わらい。おわり。